草原の色褪せた小道の上に
狂おしい夢想のような夕焼けがある
イヴニング
角の向こうに消えた空間
すべてのリズムはそこからやってくる
山、波、山……
イブラギムハリル・スピヤーノフ
深淵が開けると 星でいっぱいだ
星の数は限りなく 深淵には底がない
ミハイル・ロモノーソフ
本特集について
Relations第2号、第3号の特集のテーマは「アートと環境」である。
本特集では、2回に分けて、日本であまり触れる機会のなかったロシア現代アートを扱う。
2月末公開の第2号では、「アートと環境」を軸にロシアの現代アーティストが自作を説明したテクスト2点が公開される。
レオニート・チシコフ(1953年生)は、世界の様々な場所ーー紛争地である北コーカサス、ルーマニアの鉱山における汚染された人造湖の岸辺、故郷ウラルの閉鎖された靴工場などーーで実施したプロジェクトを通じて、作品と場の関係性、作品の場への影響を考察する。作品は、記憶と歴史の空間である廃墟をどのように「美術館」に変え得るのか。アートは民族紛争をいかに表象するのか。チシコフが、北極の氷上、パリの街角、台湾の高雄の川辺など、世界各国の美しい土地で展開してきた詩的なプロジェクト「僕の月」は、公害に苦しむ人々が暮らす土地でどのような意味を持つのか、アーティストの立場から「アートと環境」について語る。
エカテリーナ・ムロムツェワ(1990年生)は、コロナ流行による外出自粛期にアーティストインレジデンス先のザグレブのアパートで行った「バルコニー・ギャラリー」プロジェクト(道行く人が鑑賞できるようにバルコニーで作品を展示)と、ロシアの高齢者介護施設でのアート・プロジェクトを事例に、階級的な社会・文化システムの中でアートが新しい形態を得るプロセスを示す。権威的な政権下で、攻撃的なジェスチャーに頼ることなく、多様な人々との対話と共感に基づく視覚芸術を通じて、いかに政治的なアーティストであり得るかを問う。
3月末公開の第3号では、以下の3本と本稿の後半が掲載される。
キュレーターでウラジオストク・ビエンナーレのオーガナイザーであるユーリヤ・クリムコは、極東ロシアの現代アートの状況と同ビエンナーレについて、極東の地域・歴史・自然・文化的特性の観点から紹介する。(ウラジオストク・ビエンナーレは、近年、メイン・プロジェクトのキュレーターを海外から招聘しており、第10回となる2021年は保坂健二朗が担当することでも注目される。)
エカテリンブルク在住の美術史家タマーラ・ガレーエワは、ウラル地方の現代美術とウラル工業ビエンナーレについての論考を寄せる。
極東ロシア、ウラル地域の現代美術について日本語で詳しい情報が公開されるのは初めての機会となる[i]。
アーティストとしてヴェネツィア、マラケシュ、モスクワ、パリ、香川、妻有、千葉県市原市、北極などで様々なアートプロジェクトを展開し、2017年3月にはコミッショナーとして世界初の南極ビエンナーレを実施したアレクサンドル・ポノマリョフ(1957年生)は、「アートと環境」の関係を、地域の風土、歴史、物語と作品の関係という観点から描き出す。
[i] エカテリンブルクの現代アートシーンについては、以下の拙論でもオルタナティブ・スペースや作家について紹介している。鴻野わか菜「Art Scene エカテリンブルク 革新と団結を求める自由な都市が生み出すアート」 『美術手帖』2018年10月号、154–157頁。
アートと環境
様々な言語において「環境(英:environment, 仏:environnement、露:среда)」という言葉の意味が多岐に渡り、生物学的、身体的、人類学的、政治的な多様な文脈で使われ、風土、文化、自然、伝統、習慣、生活など人間を取り囲むものすべてを表しうることを考えれば、「アートと環境とは何か」という問いは、すなわち、各アーティストが自分とのかかわりの中で世界をどのようなものとして捉え、日々、何に対峙し、何を重視しているかという、作家の思想、世界観そのものを問うことである。
また、「アートと環境」という命題は、「芸術と社会」、「芸術と世界」、「人間と自然」という言葉で言い換えることもできる。この特集と本稿では、ロシアのアーティスト達を事例に、「アートと環境」という問題を作家達がどのように捉えてきたかを具体的に見ていくことで、この問題の広がりを照射する。
アートと地域
地域の文化、伝統、自然はどの国においても多様なものだが、ここでは、ロシア南部のダゲスタン共和国の現代アートに注目したい。
ダゲスタンは、東西南北の文化交流の要衝の地コーカサス(カフカース)にあり、アジアとヨーロッパの接点の一つである。東部はカスピ海に臨み、西部はチェチェン共和国に、南部はジョージア、アゼルバイジャンと接する。ダゲスタンはチュルク語で「山の国」の意味で、面積の4分の3を山地が占める。世界有数の多言語、多民族地域で30余の民族から成り、宗教は多くがイスラム教スンニー派である。
首都マハチカラは、港湾都市、鉄道網の要地、コーカサスにおける文化・教育の拠点の一つであり、同市出身のロシア文学者ジーナ・マゴメドワが述べるように「たんなる地方都市ではなく、いつも大勢の面白い奇想天外な人々が集っているような町」[i]として、黒海の港湾都市オデッサにも似た文化交流の地としての性格を持っていた。冒頭で引用した詩人でアーティストのイヴニングも、20世紀半ばにロシア中を放浪した後、マハチカラを気に入り、この地に定住し、数々の詩と伝説を残した。
ダゲスタンの文化が日本であまり知られていない状況において、1992年6月3日~7月19日に松濤美術館で「文明の十字路・ダゲスタン―コーカサスの民族美術―」展が開催され、ダゲスタンの伝統工芸が展示されたのはきわめて画期的だった。その一方で、日本でダゲスタン現代アートが紹介されたことはほぼなかったと言ってよい。
現在、ダゲスタンの現代アートを牽引するのは、三大アーティストのマゴメト・カジュラーエフ(1946年生)、イブラギムハリル・スピヤーノフ(1951年生)、アパンジ・マゴメードフ(1956年生)である。彼らは、各々異なるアプローチで、風土、環境、自然との関わりの中で制作を続けてきた。
マゴメト・カジュラーエフは、ダゲスタンの山地カジ・クムフ村に生まれ、ダゲスタン美術学校、モスクワ印刷技術大学で学んだ。頻繁にダゲスタンと行き来しつつ、長年にわたってモスクワで暮らしているが、「自分はダゲスタンのアーティストである」[ii] というアイデンティティを保持し、ダゲスタン美術のグループ展を企画し、ダゲスタン現代アートの普及にも務めている。
カジュラーエフは、諧謔精神に満ちた詩のようなテクストを描きこんだペインティングやドローイングに取り組む一方で、線や幾何学フォルムを配したアースカラーのペインティングを多数制作してきた。
カジュラーエフは、自らの作品における線について、次のように語っている。
私は線を引いているのではありません。線自体が突然生まれるのです。私にははっきり分かりませんが、自分との戦い、混沌や世界との戦いの中で生まれてくるのです。そして点線から線ができ、私はそこになにかリアルな勝利を見出すのです。小さな勝利ですが、私には大切なものです。[iii]
現実の世界を幾何学模様を通じて表現することについて、カジュラーエフは「大げさな言い方で言えば、「様々な思念で満杯の空間」から、なにか特定の知覚し得るフォルムを作り出す」[iv] ことだと述べる。美術史家ヴィターリー・パチュコフが語るように、カジュラーエフの幾何学模様は「洞窟の壁画、古代の陶器、ルネサンスの遠近法、中世のイコノロジーなど、先史から世界の文化の中に生き続けてきた」[v] 紋様の継承という面を持ちながらも、作家は線やフォルムを自分自身の日常、感覚との関係においてつねに新しい形で発見し、展開し、構成し、混沌に満ちた現代社会に、形、人間性、調和、聖性を取り戻そうとする。
[i] Учителя Дины Магомедовой // Радио свобода. 2 апреля 2017.
https://www.svoboda.org/a/28407235.html (2021年2月23日確認)
[ii] Масштабная ретроспектива Магомеда Кажлаева открылась в театре поэзии // Дагестан. Республиканская государственная вещательная компания. 2 ноября 2019.
https://www.rgvktv.ru/kultura/62508 (2021年2月23日確認)
[iii] Интервью Виталия Пацюкова с Магомедом Кажлаевым // Магомед Кажлаев. М.: Государственный центр современного икусства, 2012. С.78.
[iv] Интервью Виталия Пацюкова с Магомедом Кажлаевым // Магомед Кажлаев. С.76.
[v] Пацюков В. Магомед Кажлаев: художественная материя визуальных смыслов // Магомед Кажлаев.С.5.
イブラギムハリル・スピヤーノフは、ダゲスタンの山脈地帯ヴェルフニー・カラナイ村に生まれ、ダゲスタン美術学校卒業後、ダゲスタンの劇場で舞台美術を担当し、現在は首都マハチカラで暮らす。
アヴァールの民話や物語を題材に幻想的な生物を描いた1960年代の連作にはイスラム美術の影響が見られ、故郷の山村の生活や習俗を描いた1980年代の風俗画は、ルオーのキリスト像にも通じる素朴さと聖性を兼ね備えている。80年代後半以降のスピヤーノフの創作の中心を占めるのは、複雑で豊潤な線とフォルムで構成されるペインティング、レリーフ、彫刻である。
モスクワの国立東洋美術館キュレーターのマリヤ・フィラートワが語るように、スピヤーノフは「自分のアトリエを離れることを好まず」、「故郷につねに強く惹きつけられ」 、大地に密着するかのように生活し創作してきた。アーティストで詩人のウラジーミル・バシュルィコフは、スピヤーノフは「古代の装飾(石や木のレリーフ、絨毯や陶器の紋様)の象徴性の世界に没頭し、そこにリズム、質感、意味の調和、すなわち哲学を見出している」 と述べ、彼の作品の色彩は、作家の生地である山岳の色、厳しい自然環境、そして多くの紛争を体験したダゲスタンの苛酷な歴史を反映していると指摘する 。
スピヤーノフの奔放な筆致や線の実験はポロックにも通じるが、確固としたイメージ(たとえば書物のイメージ)、フォルム、小宇宙を出現させたいという意志は、スピヤーノフの抽象主義の特徴であり、作家が明晰なフォルムの出現を求めてペインティングと並行して木彫に取り組み続けていることも自然なこととして理解される。
アパンジ・マゴメードフは、マハチカラに生まれ、ダゲスタン美術学校、モスクワ・テキスタイル大学卒業後、ダゲスタン美術館、ダゲスタン教育大学等で、キュレーター、教員として働きながら制作を続けてきた。
マゴメードフは、アゼルバイジャン、北オセチア、ダゲスタンなどのコーカサスの様々な地域で、山地、川辺、砂上、浅瀬などに、木、石、紙、縄などの自然の素材を使ったインスタレーションやオブジェを設置し、作品を通じて周囲の自然との対話を展開している。山々から吹き下りてくる風に呼応して白い紙は震え、水面近くに設置された木のオブジェは流れに応じて音楽を奏でる。カスピ海や、ダゲスタンの山間の村を流れる川の浅瀬に、アクリル絵具で線や模様を描いた石を設置するプロジェクトでは、作家の手によって描かれた線や形が、石の上で揺らめく水面や反射する陽の光によって、新たな生命を獲得したように揺らめいた。
日光や室内の光がもたらす影が作品の重要な部分を構成する連作《影》をはじめ、マゴメードフの作品は、外界や自然との共作、共演のもとに成立している。マゴメードフの屋外作品は、あるべくしてそこにあるという泰然とした佇まいである。設置された作品からは、ここに物を作りたいという創造への意欲が作家の中で生の営みのように自然なものとして沸き起こり、創作を通じて作家が発見や喜びを体験したプロセスが伝わってくる。遊び、祈り、祭祀、建造、創造という人間の根源的な営みを想起させるマゴメードフの作品は、人間のあらゆる活動の象徴としての性格を持ち得ているが、それらの作品が周囲の自然と限りなく調和し、深く関わりあっていることは、そもそも人間は自然と対立するものではなく、人間は自然に内包される存在であることを告げている。
アパンジ・マゴメードフ ― 遊び ИГРА
アパンジ・マゴメードフ ― エスキース Эскизы
アパンジ・マゴメードフ ― 模型 Макеты
ダゲスタン現代アートに関する研究や批評において注意しなくてはならないのは、作品全体がダゲスタンの民族文化、伝統、山岳風景等と関わるものとして単純化して捉えられがちなことである。2012年にモスクワの国立現代美術センターで開催された個展の図録に掲載されたインタビューで、マゴメト・カジュラーエフは以下のように述べている。
ヴィターリー・パチュコフ:あなたの創作は民族的な文化と結びついていますか?
マゴメト・カジュラーエフ:全くそんなことはありません。私はもうここモスクワで長年暮らしており、私にとってまるで無縁な似非民族文化のおきまりの陳腐な表現からも遠く離れたところにいます。真の文化はつねに生きているのです。
ヴィターリー・パチュコフ:でも伝統があるでしょう……
マゴメト・カジュラーエフ:もちろん、明らかに、なにか深いプロセスとして存在します。私は、私の民族が与えてくれた言語で話し、それからは逃れられません。私は、ダゲスタンの愛すべき少数民族の体現者です。その民族とは、私の祖父たち、曽祖父たちのことです。民族の千年にわたる深遠な文化があるのです。それと離れることができるでしょうか。[i]
この発言は、(自分はダゲスタンのアーティストであるとつねづね語る)作家のダゲスタンとの歴史的・有機的な関係を全否定する言葉ではなく、ダゲスタン文化の皮相的な捉え方への抵抗であるだろう。
ガルシア・マルケス、J.S.ナイポール、宮沢賢治らが、地域や土地の物語、自然を通じて根元的なものに出会い、逆説的に世界に繋がっていったように、アーティストもまた、(複数の)地域や土地の自然や文化を通じて五大元素的な根源的世界を見つめ、ある言語を通じて世界や宇宙全体について語り、越境を続けて新たな風景に向き合うことができる。
作家の発言は、ロシア帝政、ソ連時代を経て現代までダゲスタンの人々に押し付けられてきたステレオタイプに反発するものでもある。
ダゲスタンをはじめとするコーカサスは、歴史的にも文化史的にもロシアにとっては植民地的な地域であり、オリエンタリズム的な価値観で受容されてきた。19世紀前半ロマン主義の時代には、政権批判によって首都ペテルブルクから追放された詩人アレクサンドル・プーシキンは、コーカサスを旅して長編詩『コーカサスの虜』(1821)を書き上げ、プーシキンと同じ理由でコーカサスに転属となったモスクワ生まれの詩人ミハイル・レールモントフは同地を舞台に小説『現代の英雄』(1840)を発表する。これらの作品やコーカサスを描いた詩の数々は、豪胆で素朴な山岳民の姿や南国の雄大な自然をエキゾチックなものとして受容し消費するという一方的な側面を持っていた。文学研究者スーザン・レイトンは、著書『ロシア文学と帝国 コーカサスの征服 プーシキンからトルストイまで』において、こうした19世紀文学の作品はロシア人が抱くコーカサスのイメージに大きな影響を与えたと指摘している[ii]。この種のステレオタイプが現代にまで受け継がれていることは、1990年代以降にロシアで制作されたコーカサスをめぐる幾編もの映画からも明らかである[iii]。
美術史家レオニート・バジャーノフは、2015年に出版された画集『輪――ダゲスタンの現代アーティスト達』の巻頭論文で、次のように書いている。
ダゲスタンの芸術が話題になる度に、新石器時代の石にまで遡るような太古のルーツ(同義語を繰り返すことを許してほしい)が想起されることになる。たしかにルーツは古く、それは私たちの誇りでもある。ダゲスタンの現代美術が話題になる際にも、私たちは古くまで遡って話を始め、まるでコーカサスで乾杯に際して述べられる長い挨拶のように延々と古きものについて語るが、現代性に関しては、いざ乾杯となってグラスが触れ合う短い瞬間と同じほどしか語らない。文化の長い歴史と比べれば、現代は短いと言わんばかりだ。
しかも、話は決まって民族の芸術という観点から始まる。作品の作家が注目されるのは、話の最後になってからだ。伝統、民族の文化、場所、あるいは流派が重要で、最後に言及されるのが作家というわけだ。
しかし、現代美術はまさに作家から始まるのであり、作家の個性を知らずに美術を適切に理解することなどできない。たとえ作家が意識的に匿名的であろうと努めようとしても、そう努めること自体が個性なのである[iv]。
本稿で取り上げたカジュラーエフ、スピヤーノフ、マゴメードフは、線とフォルムの実験、自然や環境との新たな関係の樹立、独自のマチエールの発明という課題を共有している。彼らは互いに近しく、時には共同制作を行い、しばしば三名で共同して国内外の展覧会、芸術祭、シンポジウム等に参加し、ダゲスタン美術を体現しようとしている。だが、彼らがそれぞれ、ソ連時代の文化統制化下でどのように生き、作品はどのような変化を遂げ、どのような文学や美術に影響を受け、ダゲスタンの風土に限らず、目の前にある自然、生活、環境にどのように対峙しているか、コーカサスらしさを求めるという暴力や夢想に陥ることなく、つぶさに見ていく必要がある。
カジュラーエフとマゴメードフは、自分たちの作品は、人や自然への「手紙」であるとしばしば語っている。2019年にアゼルバイジャンの首都バクーで開催された「バクー・ビエンナーレ」におけるマゴメードフ、スピヤーノフ、カジュラーエフの三人展は、三者の作品によって現代ダゲスタン美術のアートシーンを伝えようとする意欲的な企画であり、線やフォルムの実験という主題を共有した統一感のある展示だったが、バクーでも作家たちは、「世界の別の地域で暮らす人々にも手紙を届けたい。その地域の石、砂、木、紙を用いて、自然と対話しつつ、新たなメッセージを作りたい」と熱く語っていた。
キュレーション的観点から言えば、もし今後、日本でも(屋内と屋外を使って、あるいはバクー・ビエンナーレのようにギャラリーの一室を使って)そのような展示ができれば、現代のダゲスタンと日本を初めて結びつけるインパクトのある展示になるだろう。
あるいは、北コーカサス(ロシア南部地域、ダゲスタン、北オセチア共和国、カバルダ・バルカル共和国、カラチャイ・チェルケス共和国、イングーシ共和国、チェチェン共和国、スタヴロポリ地方等)や南コーカサス(ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャン等)のアートを俯瞰し、その相関関係や差異を再考する展示も、現在も対立の絶えない地域であるからこそ、困難だが意義があると思われる。
北オセチア共和国では、ロシア国立美術館展示センター「ロシゾ」北コーカサス分館主催で、北コーカサスの現代アートの状況を検討するシンポジウム「アラニキ」や展覧会が多数開催され、コーカサスのアーティストが多数参加してきた蓄積がある。バクーのヤラート現代美術館も、他のコーカサス地域や隣接地域の展覧会を積極的に行っている。それらの機関のアーカイブにも依拠しつつ、コーカサスの20世紀から現代までの美術の展示を行うことは、文明や芸術について考える新しい視点をもたらすのではないか。
[第3号に続く。後編では、ロシアの地方都市の現代アートを調査し展示するプロジェクト「モスクワではない」、アートと自然の関係を再考する場としての南極ビエンナーレやその他の取り組み、アートと宇宙、国際芸術祭におけるアーティストと地域の関わり、アートによって自分が暮らした環境(ソ連社会)を再現するイリヤ・カバコフの取り組みなどを扱う。]
[i] Интервью Виталия Пацюкова с Магомедом Кажлаевым // Магомед Кажлаев. С.77.
[ii] Layton S. Russian Literature and Empire: Conquest of the Caucasus from Pushkin to Tolstoy. Cambridge: Cambridge UP, 1994.
[iii] ロシア現代映画におけるコーカサスの表象については、以下の拙論でも扱っている。鴻野わか菜「新生ロシア映画におけるチェチェンの表象」『千葉大学比較文化研究』(2)、2014年、111-126頁。https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900117898/hikakubunka_no.2_111_126.pdf (2021年2月24日確認)
[iv] БажановЛ. Статья // Круг. Современных художники Дагестана. Офсет Принт М., 2015. С.8.
早稲田大学・教育・総合科学学術院 教授。ロシア文学・ロシア美術・文化研究。ロシア文学、ロシア美術を中心に研究活動を行う一方で、展覧会の企画や監修に関わる。「夢みる力——未来への飛翔 ロシア現代アートの世界」展(市原湖畔美術館、2019年)等ゲストキュレーター。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2021」では、「カバコフの夢」プロジェクトのキュレーターを務める。共著に『イリヤ・カバコフ世界図鑑――絵本と原画』(企画・監修:神奈川県立近代美術館)、『幻のロシア絵本 1920-30年代』(淡交社)、『都市と芸術の「ロシア」―ペテルブルク、モスクワ、オデッサ巡遊』(水声社)、『ロシア語の教科書』(ナウカ出版)ほか。訳書にレオニート・チシコフ『かぜをひいたおつきさま』(徳間書店)、イリヤ&エミリア・カバコフ『プロジェクト宮殿』(国書刊行会)ほか。